24時間デジモンリレー小説2012

走者時間順リスト
9月22日(土) 21:15−フブユキ咲黒(トップバッター)
9月22日(土) 22:00−邪神
9月22日(土) 23:00−しれね
9月23日(日) 00:00−Shot
9月23日(日) 01:00−湯浅桐華
9月22日(日) 02:00−ut
9月23日(日) 03:00−Ryuto
9月23日(日) 04:00−きとり
9月23日(日) 05:00−DYNE
9月23日(日) 06:00−ネットスター
9月23日(日) 07:00−
9月23日(日) 08:00−すすやん
9月23日(日) 09:00−ナクル
9月23日(日) 10:00−矢崎真名
9月23日(日) 11:00−秋涼
9月23日(日) 12:00−夏P(ナッピー)
9月23日(日) 13:00−ヤス
9月23日(日) 14:00−パラレル
9月23日(日) 15:00−メカ道楽
9月23日(日) 16:00−観測員108号
9月23日(日) 17:00−アナ銀スカイウォーカー
9月23日(日) 18:00−中村角煮
9月23日(日) 19:00−ENNE(アンカー)






21:15 (トップバッター)- フブユキ咲黒

one for all
all for one

全ては1つの終焉の為に。








0と1の空間がある。
ほんのりと暗くなったその空間は、どこが上なのかすらもわからなくなっている。色彩も時間も全てがあいまいなその空間に、1人の少年がいる。
少年は、ヘッドホンに近い形をした…両耳と頭部を覆う半透明の機械をかぶっている。

少年はその空間で1つの光を見つけると、瞬時に光の目の前に居た。
その場が動いたのか少年が動いたのか、これすらも曖昧だ。

0と1の光は少年を照らし、そして、呼んでいるのか聞こえているのかも曖昧なほど、ほんのりと彼を照らす。



きて。きて。きえて。



少年は慣れたようにそれを見ると、慣れたようにぼんやりと思いだした。
あぁ、これは夢で、そして、いつも、この光に触れると、終わるんだ。










電車の振動と、車内のアナウンスで彼…八月一日大輝(ホズミ ダイキ)は起きた。
目を開けると、飛び込んでくるのは楽しそうに電車にのる親子。そしてサラリーマンやOLといった風景だ。
大輝もそれと変わらない。Tシャツに7分丈のズボンをはいた、どこにでもいる、ごく普通の17歳だった。
旧式のヘッドフォンを通じてポケットに入れたカセットテープの音楽が耳に流れてきているが、なにぶんカセットテープだ。出る音量も限られているし、いくら周りの音を遮る機能が付いていたとしても夏休み真っ只中でにぎわっている電車内の音を消すのは簡単ではない。

目的地についたことをアナウンスと電気掲示板で確認すると、大輝は重い腰を上げて電車を降り改札を抜ける。
東京都―――渋谷。

改札を出てハチ公前へ行くと、腕時計で時間を確認したり、目立つ格好で待ち合わせをする人々であふれかえっている。
10年前ならば、携帯電話と言う文明の機器があった。メールと言う架空の手紙機能と、手のひらサイズの公衆電話がセットになっていたし、それ以上の機能も日常生活に不可欠なほど詰まっていた。
大輝はそんな事をうすぼんやりと考えながら、スクランブル交差点の赤信号が変わるのを待っていた。


10年前の夏も、大輝はここにいた。
当時、自分は小学2年生だった。



「ちょっと!!待ちなさい大輝!!!」
「うぉ!」

交差点の真ん中で、不意にヘッドホンをとられたかと思えば、聞きなれた声が届く。
帽子をかぶったロングヘアーの少女が、大輝を責めた。

「あんたね!また渋谷に来て!!もう何考えてるの!!はやくこっち来なさい!!」
「いやいやいやいやちょっと待てよ舞さん」

腕を引かれながら、さっきまでのぼんやりした表情は吹き飛んだかのように、大輝はおちゃらけて少女…安部 舞(ヤスベ マイ)に言う。


「あのようヨッヨッヨッ!今日は欲しかったCD買いに来ただけだぜぇ〜」
「10年前の事は本当に気の毒だとは思うけど」
「いや、だからなMAI☆CHAN!今日は××のシングルの発売日でサイン会もやるわけよぉ〜」
「あんたいつまで引きずってるつもり?ねぇ、そのヘッドフォンもまたアクセスしようとしてるわけじゃないでしょうね?」
「あの、」
「もうネットのなにも出来ないし、第一いつまで嘘つくつもりよ。あんた何考えてるの!!」


舞の静かな忠告に大輝は笑ったまま固まった。
おそらく、電車に乗っているときから見られていたのだ。


10年前。
10年前までは、携帯電話と言う文明の機器があった。
そして、そのほかに「インターネット」という世界があったのだ。いつの間にかそれは生活に欠かせなくなり、世界の裏まで人をつなぐものだった。
そして、それは頭部を覆う・・・今つけているモノ、夢で見ていた半透明のヘッドホンのような機械を使えば、簡単にその世界に入れることも可能だった。
けれど、どこにでもバグは存在するのがお決まりになっているようだった。

そして、その世界は唐突に閉じられた。






「俺だって、もう気持ちの整理くらいついてる。子供じゃない」
「・・・大輝」
「DA☆KA☆RA!!!もう俺様の事をストーキングしちゃうのはやめt」

言い終わらないうちに、心配していた舞の鉄拳が大輝の顔面にヒットする。
罵倒を残して顔面を押さえる大輝は、苦笑しつつ、カセットテープを取り出して停止ボタンを押す。

10年前。幼い記憶といつも見るあの夢が自分をこの場所へと誘う。
執着しているのなら、そうだと何度でも言えばいい。世界があの世界を拒絶するのならば、俺はもう一度その扉を開きたい。



初めてあったこの場所なら、始めてくれるのかもしれない。



点滅して信号が赤になる直前、大輝はまだ交差点のど真ん中に居た。
炎天下の空の下で、彼は、乾いた笑いでおちゃらけながらつぶやいた。








「あいたいよ。アグモン」







声は、届いただろうか?




22:00 - 邪神

――なあ、お前もう試してみた?


――『アレ』のこと?


――都市伝説だろ?大げさだっての


――っつーかそんなことあるわけねーだろ、アニメかよ


――でも、実際に行方不明者は出てるワケだし。


――ありえねー。


 携帯電話と共に普及し始めたインターネットは、此処数年で人々の間に爆発的な勢いで広まり始めた。
 魅了された人々は決まったように口にする――『世界中が、一つに繋がった』。世界中を繋ぐその巨大な蜘蛛の巣は、瞬く間に無数の人々を絡め取り、もう一つの世界へと誘っていった。
 同時にその技術の驚異的な速度で進歩していき、始めはメールやチャットにおけるテキストのみでの簡易なやりとりが、やがて画像を添え、更に動画がアップロードされ、いつしかテレビ電話による互いの顔を窺いながらのコミュニケーションすらも可能にした。ニュースで毎日のように画期的な新技術が報道されるその様相は、さながら恐竜的進化の縮図と云っても過言ではなかっただろう。

 インターネットが人々の間に浸透し、日常的に利用されるなったようになり、更に将来的な技術として意識そのものを仮想世界へアクセスさせることが可能となるデバイスの開発が発表された頃だったろうか。その噂は、インターネットを利用する若者達の話題の種を瞬く間に浚っていった。


『ネット神隠し』。


 信憑性はともかくとして、その全容は至ってシンプルだ。
 インターネットにアクセスしていたユーザーが、現実の世界で突如としてその姿を消す。まるで、インターネットの世界――否、画面の向こう側のアンダー・ワールドへと吸い込まれてしまったかのように。似たり寄ったりの都市伝説なら既に数え切れない程インターネットの中で流されていたが、『行方不明者が実際に発生し、いつまで経っても発見されない』という事件がこの頃から断続的に発生し始め、若者達の興味は次第にこの都市伝説へと向けられるようになっていった。各所のコミュニケーションサイトでは嘘か否かも分からない『隠され方』を実証する者達まで現れる始末だった。


「わぁ……」

 その都市伝説は、当時はまだ幼く非力な子供に過ぎなかった大輝もよく知っていた。
 きっかけは、小学校に上がったばかりの頃に親からプレゼントして貰った新世代のインターネット接続端末、『ブレイン・ダイバー』を貰ったことに起因する。
 半透明のバイザーが装着された、頭部一体型のPCとも云うべきヘッドギア。
 
 このギアこそが、大輝の体験する『冒険』の全ての始まりだった――。




23:00 - しれね

 光。
 光。光。光。

 断続的に光の中を潜り抜ける。
 インターネットというデジタルワールドへと接続していく過程すらも、ジェットコースターに乗っているかのような興奮に満ち満ちていて、子供ながらに世界を楽しんでいた。
 特に大輝が気に入って入り浸っていたのは、簡易なゲームだ。
 モンスターを育て、戦わせる。グラフィックに至ってはドットだし、システムも実に単純でちゃっちいものだったのだが、対戦する相手とコミュニケーションをとれる辺りも気に入っていたのかもしれない。

「あれ? トリPじゃんっかー! 珍しいなー!こんな昼間に居るなんて!」
『今日はたまたまIN出来ただけだよ〜(゜∀゜)』
「テンペンチイのマエブレってやつww?」
『Σ(゜д゜ )そこまで言う!?』
「まあいいや。対戦しようぜ!」
『まあいいやって……おk。対戦ね〜_(:3 」∠)_』
「今日こそは勝つんだからな!」
『精々頑張りたまえよダイキクン。 そういえばついさっき、俺のモンスター進化したんだゼd(`・ω・´)』
「え!?マジで!? ちょっとタンマタンマ!!」
『もう遅いよ〜ん(゜∀゜)』

 ドットで表示された二人のアバターから吹き出しが、ポコンと軽快な音をたてて現れる。
 曰く、『ダイキさんの申し込んだ対戦がトリPさんに受領されました』と。
 あちゃああと頭を抱えたい気分でいっぱいだったが、もう遅い。
 吹き出しを中心に、周囲はバトルフィールドへと変化していった。

 全体的に白っぽくて、殺風景。
 背後にあるかなしかの風景が書き込まれてはいるのだが、非常に薄い。あるにもかかわらず知覚が難しい背景など、ある必要はあるのだろうか。

 色々と物寂しいバトルフィールド……だった筈なのだが、今回のこれはどうした事だろう?

 どこかの遺跡内部の様な、この場所は。
 今にも崩れそうな石壁は。良くわからない文字で埋まった天井は。サラサラの砂地の地面は。そして何よりも妙なのは、埃っぽいとリアルに感じる空気だ。

「……え?」
「どしたのダイキ?」
「…………え???」
「?」

 目の前には、白黒のドット……ではなく、黄色くて大輝の背丈ほどもある恐竜だった。




00:00 - Shot-A

「なぁ、これってゲーム……だよな?」
『ナニ言ってんだ!? ”デジタルモンスター”は対戦型携帯ペット育成ゲーム……。それ以上でもそれ以下でもないッショ?』

 無意識に大輝が呟いた言葉に、どこからともなくトリPの答えが返ってくる。だがそれはもう、アバターから出る吹き出しなどというものではない。アニメのキャラクターのような声が直接音声としてこの空間に響いているのだった。

「じゃあ、俺の今見ているこれはなんなんだよ……」
『この……てド……景サ?  なぁだ……キ? なっ……』

 大輝の目の前、まるで大型の肉食動物のような低い唸り声を響かせて佇んでいるモノ。
小学生の彼にはある意味馴染み深い、図鑑でよく観る恐竜によく似ている。だがそれよりももっと、それを言い表す言葉を彼は知っていた。

「まさか……だよな? なんで? ど、どうしたっつうんだよ!?」

 0と1の世界、気づけばそこはまるでゲームの中に体ごと入り込んでしまったかのような、およそこの世とは思えない場所だった。呆然とする大輝の耳には、次第にノイズが多くなり、消えゆくトリPの声が小さく響いていた。



「回線をシャットアウトしろ! 全世界に緊急事態宣言だ!!」

 昼時のオフィスに、男性の怒鳴り声が響く。

「八月一日主任、大変です……息子さんのパソコンにIARASプログラムが!」
「……なっ……確かか!?」
「間違いありません、そして今息子さんは……まさに、この世界からの最初の消失者となっています」

 八月一日と呼ばれた男は言葉をなくして呆然と天を仰いだ。たった今何者かの侵入により流出した最新鋭のプログラムIARAS。その開発目的は、人間の意識をより高度なレベルでネット世界にシンクロさせ、完全な疑似体験を可能にするものだ。
 ところが開発段階で致命的なバグが見つかった。

「まさか……大輝が、感染するなどと……。ああ、こんなことならもっと早くこのプログラムを消去しておくべきだったのだ!」

 拳を机に叩きつける八月一日主任。

「主任、時間がありません。一刻も早くネットからIARASプログラムを除去しなければ。このままでは全世界に感染が広がり……ネット社会が崩壊してしまいます! 
 そしてそれだけではありません……」
「解っている。あのプログラムの開発責任者は誰だと思っているのだ。長時間ダイブした状態を続ければいずれ、ネットの海の中で存在を保てずに大輝は消えてしまう。そんなことは絶対にさせるものかっ……!!」

 動揺を通り越してどおにかなってしまいそうな気持ちをぐっと押さえ込み、八月一日主任は立ち上がった。この世界、そしてネット世界を救うため……いや、愛する息子を救い出すために。



 およそ現代社会、こと日本では遭遇することのない危機的状況に大輝の全身は緊張で硬直した。もとより足場の定まらないこの場でなにをどうすることもできるわけがないのだが。
 乾いた喉になんとか唾を送り込む大輝の目の前で、黄色い恐竜はゆっくりと振り返る。
捻られた首の筋肉、骨の質感や肌の表面の凸凹まで。およそどんな精巧なグラフィックもお呼びもつかないほどの出来栄えで、ただそこに居ることでその生物は生きていることをこちらに在りありと示してきていた。
 おもむろにその生物が両足を屈め、何も見えない空中に踏ん張る。反射的に身構えた大輝めがけてその生物は全身で飛び込んできた。

「ダイキー!!」
「どわっ……っぷ! な、おまえ! ……もしかして、アグモンなのか? 俺のアグモンなんだな?」
「ん? ソウだよー? ダイキのアグモン以外にどのアグモンがいるのさ?」

 犬や猫などのペットというよりは、まるで幼い子供のように大輝の胸に頬を摺り寄せるアグモン。その仕草に大輝は先ほどまで抱いていた強張りが一気に溶けるのを感じだ。

「まてよ、アグモン……お前がアグモンならここはゲームの中で間違いないんだな?」
「んぅ? そうなのかなぁ? よくわかんないけどアグモンダイキが来てくれて嬉しいんだ」

 呑気なアグモンをよそに、大輝は改めて周囲の景色を観察した。自分たちが不自然に中に浮いている以外、そこはつい先ほどまでゲーム画面で眺めていた遺跡に間違いないようだ。サラサラと流れる砂に、崩れかけた建造物。無機物であることを差し引いてもアグモンに負けないくらいのリアルさだった。

「なんで、なんでゲームの中になんかきちまったんだ俺は……?」

 読めない状況に困惑する大輝だったが、ふと少し離れたところで光り輝く何かを見つけた。緑色の靄がかかっていて見えないが、とりあえず調べてみるしかないだろう。

「よし、アグモン。移動するにはどうやるんだ?」
「んー? どうやってって……どうやるんだろう?」
「さっきやって見せたじゃないか。もう、まさか俺のアグモンがこんなのんびり屋だったなんて」

 がっくりと肩の力が抜けてしまった大輝。そのときだ、なんの前触れもなく遺跡の天井が轟音とともに崩れ始めた。

「んな? なんじゃこりゃー!?」

 慌てて足をジタバタと動かす大輝。すると偶然か、彼の足は空中を捉え、その体を地面の方向へと飛ばした。ゴロゴロと地面を転がる大輝。

 崩れた柱の一部にぶつかってようやく止まる。

「ってててて……ってー。おいアグモン、だいじょ……ってお前なにやってんだ?」
「ダイキぃ。これなんだろうね? 光ってるよ?」

 頭を抑える大輝を全く心配する素振りも見せず、アグモンが興味の矛先を向けていたのは、半透明のヘッドホンのような機械だった。よく見るとそれは、緑色の0と1のノイズが走り、全体にほころびのようになっている。

「うえぇ。っぺっぺ! そんなこといいから逃げるぞアグモン!」

 口に入った砂を吐き出しながら立ち上がり、大輝がアグモンに詰め寄ったときだ。
なんとなく掴んだヘッドホン型の機械からまばゆい光が放たれた。




01:00 - 湯浅桐華

 ヘッドギア型の機械が放った眩い光に目がくらみ、大輝は思わず目を瞑る。だがその光自体は、ほんの一瞬のこと。光が収まったのを感じて、大輝は目を開く。傍らには、先ほどから共にいるアグモン。そして手にはヘッドホン型の機械が――

「あれ? 無い?」

 大輝は、困惑したように小さく声を上げる。先ほど手に掴んだはずのヘッドホン型の機械が、その手の中から消失していた。どこに行ったのかとキョロキョロとしていると、彼のすぐ傍らを天井の石が崩れ落ちて掠めていった。思わずドキリとして、空いた手で本能的にアグモンにしがみつく。自分は未だにこの世界での移動を上手く行う事が出来ないようだったが、アグモンはそれを心得ているようだったから。

「アグモン、とにかく逃げて!」
「オッケー、ダイキ!」

 そういうとアグモンは、遺跡の出口らしき場所めがけて宙を蹴った。そのあまりの勢いに驚きながらも、必死にアグモンに掴まる。何度か天井の石が当たりそうになったが、そのたびにアグモンがそれを回避してくれた。大輝とアグモンはそうして瞬く間に出口へと近づき、そして。
 0と1の空間に躍り出た。



「えっと……ここは?」
「……さあ?」

 0と1で構成されたその空間は、不思議としかいいようのない場所だった。広いのか狭いのかも判然としない。そしてもはや当然とも言うべきか、彼らは何もないはずの宙を不自然に漂っている。もうここまで来ると、驚く事も出来ずにただ呆然とするしかなかった。
 そんな不思議な空間の中に漂いながらアグモンに問いかけるも、アグモンから返ってきたのはやはり困惑気味の声。どうやら、この空間の事はアグモンにもわからないらしい。

「……それにしてもなんだったんだろう、さっきの。急にゲームの中に来ちゃうし、アグモンはいるし、遺跡は崩れ始めるし……」

 と、そうつぶやいた所で思い出した。遺跡を脱出する直前、彼は何か半透明の機械をつかんだはずだった。もっともそれは、光と共に消えてしまっていたけれども。

「本当になんだったんだろう、あの機械」
「頭に着けてるさっきのそれのこと?」

 大輝がそう呟くと、不思議そうな声と共にアグモンが彼の頭を指し示す。まさかと思いながら頭を触ってみると、手に感じたのは柔らかな髪の感触ではなく、冷たく硬い感触。そう、まるで機械のような。

「え……ええ!?」

 その機械の形を手でなぞってみれば、それはどうやらヘッドフォンのように耳を覆っているらしかった。形状からして、先ほどの半透明のヘッドフォンとみて間違いないだろう。だが、断じてつけた覚えなどなかった。ただ触っただけなのに。
 取ろうとしてみても、不思議な事にそれを取ることはできなかった。キツイ、痛いという感触はなかったが、ぴったりとくっついて取れないのだ。
 そう、あたかも頭と一体化してしまったかのように。

「これ、どういう事、アグモン……?」
「……さあ?」

 困惑と恐怖が入り混じった声に返ってきたのは、先ほどと同じ、困惑気味の声だった。



「IARASプログラムと、それによって生まれた擬似的空間の削除を確認しました!」
「それで、息子は!?」

 八月一日は、思わずモニターにかじりつく。彼は研究者だが、同時に一人の子を持つ父親でもある。それを理解しているから、そのことに誰も文句は言わなかった。

「……反応ありません。なんらかのデータ構造体と共に、『ネットの海』へ飛び出してしまった模様です!」
「馬鹿な……」

 呆然と呟く八月一日に、別の部下が叫ぶ。

「主任、IARASの感染が拡大しています! 息子さんに続き、多くの人々が消失している模様です!」
「回線のシャットダウンを急げ! これ以上感染を拡大させるな!」
「IARASの削除プログラムは!?」
「流しています! ですがとても増殖スピードに対処しきれません!」

 もはや室内は、怒号と悲鳴に満ちた戦場と化していた。突然起きた異常事態に、誰もがパニックを起こしている。

「大輝……無事でいてくれ……!」

 対策は講じるが、それが間に合うか否か。
 今の彼には、全力を尽くしながらも祈る事しか、できなかった。




02:00- ut

……ルワールドロイヤルナイツイグドラシルホメオスタシスデ・リーパーダークナイトモンソードゾーンジョグレス進化パーティションデジメモリ強化プラグインデーヴァオリンポス十二神ガイアオリジンプロトコルの遺跡七大魔王カーネルスパロウモンウルカヌスモンマクフィルド社ドルルモンデジクロスオメガブレードモードチェンジストライクドラモンデジノーム小世界スクルドターミナルロックブレイカーX交代ディノレクスモンデジメンタルアップパーティルワームムゲンマウン……






変化は突然であった。調和性のかけらもない不協和音が耳元で鳴り響いているが、それすら気にならなく程の情報の奔流。それが五感をスキップして直接脳に書き込まれている。後年振り返ってそう比喩した奇妙な感覚は、大輝に激しい苦痛を伴わせ絶叫させた。

「ダイキ!?ねぇどうしたのダイキ!?」

アグモンが声も大輝には届かない。天地の無い空間でヘッドフォンのついた頭を押さえ、足を激しくばたつかせてもがいていた。

苦痛はやがて麻痺へと変じた。痛みが薄れると当時に、手足の末端から感覚が失われていくのを大輝はハッキリと知覚する。この時点でようやく頭に被せられているヘッドフォンが原因であろうことに思い当たったが、感覚を失った手ではヘッドフォンを掴むことすらままならない。頭を激しく振ってもヘッドフォンはずれる様子すら見せなかった。麻痺が広がり、絶望が大輝の心中を支配した。

(俺はこのまま死ぬのか…!?い、いやだこんなわけのわからないところで死ぬなんて!そもそもなんで俺がゲームの中に入ってしまったのかも分からないのに、それも凶暴なデジモンに襲われて食われるとかじゃなくてこんな病気かなにかも分からない事で死ぬなんて…ん?待てよ?病気かなにかも分からないんなら死ぬとは限らないんじゃない?朝起きて頭痛いなーなんて事はよくあったけど、それが風邪か何かだった事なんてめったになかった。じゃあこれも死ぬような何かじゃないかもしれないじゃん。なら怖がってもしょーがない。きっと大丈夫さ。ダイジョーブ、イェー!)

急に気分が軽くなってきた大輝は、いつの間にか頭の中に送り込まれる情報の奔流が止まっていることに気づく。手足の感覚も戻り、ヘッドフォンから漏れる音も止まっている。

「やっぱり何もなかったじゃん!」

意気揚々と、弾みをつけて大輝は起き上がった。

「アグモン!もう心配ないぜ俺なら!」

「ダイキ…?だよね…?立てるの…?」

キョトンとした表情でアグモンが尋ねる。彼同様、天地の無い「ネットの海」と呼ばれる異空間に大輝は二本の足でしっかりと立っている。

「あーん?何当たり前の事聞いてんDAYO!」

ガッハッハと笑いながら、大輝は手持無沙汰にマイクをくるくると回した。身の丈に近い長さのスタンド付きのマイクを手首の力だけで回して見せて、健康な事をアピール。

「う、うん。ダイキは…ダイキだよね…」

アグモンは力なくつぶやく。大輝はその様子が怪訝だったが、些細な事だと気にしないことにした。自分の体には何も異常はないのだ。アグモンと同じくらいの背丈と体型。短い尻尾。後頭部に向かってV字に伸びた角。肌身離さず持った命よりも大事なマクフィルド社製マイク。それと昔お気に入りのヘッドフォン。どこもおかしなところはない。












後年の記録では、「ネット神隠し」の被害がにあった人々は一人残らず体がデジモンに変化するのを体験したと記されている。変化した種族まで詳細に記録されていたが、「シャウトモン」と呼ばれる種に変化した例は一つしか確認されていない。




03:00- Ryuto

ヘッドフォンから聞こえてきた不協和音も止み、二人……一人と一匹……二匹は歩き出した。
この0と1の空間では推進力なしで空を飛ぶことができるらしい。
風に乗り、爽快な気分で空間を抜けてゆく。

「ねぇダイキ、本当に大丈夫?」
「ダーイジョーブだって言ってんだロー!俺はいつも通りさ!」
「でもダイキ、なんかさっきまでと違う気がしない?ほら、姿かたちとか……性格とか……なんていうか……」
「あ!そーいやなんか声が違うような……アグモンの声に似てるな?声変わりしたかな?まーいいじゃねぇか!」
「声変わり……っていうか……」
「あ、オイ!あそこ見ろよ!なんか出口っぽいぜ!」

何か歯痒そうなアグモンの言葉を遮って、自分たちの向かう先を指差す。
これまで自分たちが移動してきた通路がそこで終わるかのように、強い光が先の空間から漏れ出していた。
スピードを上げ、光の先へ向かおうとする大輝と、それを追うアグモン。
視界の大半を占める光がどんどん近づいていき、やがて彼ら自身も光に包まれた。





「……なぁ」
「うん」
「どうなってんだ、こりゃ?」
「ボクにも分からないよ。ただ……」

二体は目の前に広がる景色の前で立ち尽くした。
暫しの硬直の後、アグモンが答える。

「戦いが起きてる」

次の瞬間、交通システムのプログラムを荒らし、プログラムを警護する者たちを襲っていた、何十体ものデビドラモンが二体に襲いかかった。





IARASプログラムは、20世紀以降人類を悩ませ続けた人口問題に対する画期的な打開策となるはずだった。
大昔に存在したとされる秘密結社の名を冠したこのプログラムは、対象となる人間をデジタル化し、データの世界へと移動させることが出来るシステムであったのだ。
だが開発段階で致命的なバグが判明した。
プログラム自体が暴走し、使用者が対象を指定する前に人を飲み込みデジタル化する。
この複雑怪奇なプログラムは人類の管理下に置かれることを善しとせず、研究チームは遂にIARAS計画の中止を決定したのだ。

にも関わらず、このプログラムが削除されず、封じ込められ監視されるのみであったのは、巨額の予算を投じた支援者たちに他ならなかった。
使えないプログラムを作ったのなら中止する、だが事実このプログラムは目的を果たすことが出来る。
それならば、いずれは利用できるではないか。
それが支援者たち、そして現代社会を動かす頭脳たちの決定だった。

「駄目だ、止められない……」

八月一日は頭を抱えた。
IARASプログラムは自己増殖し、シャットダウンさせられた回線をこじ開け、世界中に自らを散布していた。
細胞を喰うウィルスのように、無限に増殖していく。
これから消失者たちは加速度的に増え続けるだろう。
そして、大輝も……。

そんな時、研究員の女性の声が、八月一日の耳に入った。

「あの、主任、息子さんの消失ポイントの近くで、凄い勢いのロードが起きています」





「うおっ、危ねぇ!?」

巨大な赤い爪を間一髪の所で避ける。
それまで大輝が載っていた巨大な東京近辺の道路図は、デビドラモンの一撃で粉々に砕けた。

「くそっ、アグモン!?どこだ!?」

必死に黒竜の攻撃を避けながら、アグモンの姿を探す。
何処にもいない。
アグモン?
まさか、殺された?

「アグモン!?おい、アグモン!?」

ヘッドフォンの数センチ先を通過する巨大な赤い爪。
反転しマクフィルド社製マイクでデビドラモンの腕を弾くが、それが余計に彼の怒りを買ったらしい。
更に飛行速度を上げ、逃げる大輝に向かってくるデビドラモン。
徐々に、視界が竜の形の影に覆われていく。



「ダイキ、ちょっとだけケムいけど我慢して」



大輝が前のめりに転んだのは、その声が聞こえた次の瞬間だった。

「ギガデストロイヤー!!」

凄まじい爆発音と、デビドラモンの断末魔。
そして電子音とともに目の前を通り過ぎていく黒い塵。
その塵も見えなくなった時、大輝の目の前にいたのは、橙色の巨大な肉体と、そこに装備された厳つい機械、紫色の翼、そして銀色の兜を覆った恐竜であった。

アグモン二段階進化、メタルグレイモン。

突然現れた巨大な機械竜に、紅い目を持つ悪魔竜たちは後退する。
彼我の実力差を、その本能によって知ったかのように。

「僕たちは急いでるんだ、ここを通せ!」

機械竜メタルグレイモンは、巨大な咆哮を上げ、黒い敵たちを睨んだ。




04:00- きとり

成熟期と完全体。
その世代の間にある単純な戦闘能力の差異は、隔絶されていると言って良いほどに桁違いである。
それをデビドラモン達が知らないわけが無い。
しかし彼らとて、引くわけにはいかない。
いや、元々引くという選択肢は持たない。
悪魔竜達はメタルグレイモンの巨大な咆哮に"本能的に"怯んだものの、次の一瞬にはボロボロの翼を伸ばし更に高く飛び上がった。

「ああもう、面倒くさいなあっ!」

通せって言ったのに。
機械竜は赤い爪を構えて四方八方から滑空してくるデビドラモン達を、その巨大な機械の爪でまるで蠅でも払うかのようにいなしながら叫んだ。
引き裂いても引き裂いても減らない敵にメタルグレイモンは、自身の足と足の間に守っている真っ赤なデジモンになってしまった大輝をちらりと見遣る。

「スッゲー・・・」

目をキラキラさせて戦闘を観察するパートナーにメタルグレイモンはずるりと脱力した。
先ほどまでの驚愕や焦燥の表情はなんだったのか・・・なんだか少し笑えてしまうほどの変化だ。
だがこの様子なら問題ないだろう。
戦闘の様子に夢中になりながらもしっかりと隠れているのを確認したメタルグレイモンは少々大振りにトライデントアームを振いデビドラモン達を四散させると再び胸部にあるミサイルのハッチを開いた。




0と1の羅列が時折思い出したように浮かび上がる闇の中にひとつ、溜息が落ちた。
大都会のビル群のように連なる増設ハードディスク、散らばり放題のCDケース、うすぼんやりと光る三台のモニタに、止むことがないキーボードの音。
頭に大きな花を飾る一人――いや、一匹の綺麗好きは浮遊しているCDケースのうちの一枚を拾いあげる。
それに一本の長い髪の毛と若干の埃を端に絡めていたのを見て、ひくりとこめかみが疼き、怒鳴ってしまいそうな自身を抑えながらもう一度大きく、キーボードを叩き続けている人間に聞こえるようにため息をついた。


「…」

「…」

キーボードの音が止まり、振り返った少女の顔がわずかな光に照らされて浮かぶ。
見つあうこと数秒、またか…と言った顔をすると少女はモニタとのにらめっこを再開した。

「あと少しだからもうちょっと、ね?」




05:00- DYNE




06:00- ネットスター (繰り上げスタート)

 粉塵が視界を覆い尽くす。
 デビドラモンの大群が、砂煙に塗れながら吹き飛び、四散した。
 成熟期、完全体の差だけではない、メタルグレイモンの強さは圧倒的だ。

 湧いて出てくるデビドラモンの群れを左手のアームで薙ぎ払い、手前のスペースが空き次第ギガデストロイヤーをお見舞いするという構図。

そんな姿に見惚れている大輝であったが、心のどこかに一抹の不安が残る。

「さすがに数おおすぎじゃね?」

デビドラモンの軍政の勢いは止まる事なく、現れてはメタルグレイモンにデリートされ、また現れては無残にも散っていく。
連続した光景に、大輝は流石にゲシュタルト崩壊のような、妙な気持ち悪さに襲われた。
同時に、今まで感じた事のない鼓動の心拍を感じる。



ボンヤリとディスプレイの灯りのついた暗い部屋。
少女はキーボードを叩きながらいらつく隣人を尻目にほくそ笑む。

「今回はうまくいくかな……、IARASプログラム……」



止まるどころか、更に数を増すデビドラモンを一心不乱に薙ぎ払うメタグレイモンであったが、流石にほぼ捨て身で突っ込んでくるデビドラモンの攻撃を避けるのが難しなってくる。




07:00- 蒼

「しまった!!?」

 メタルグレイモンが叫ぶ。
 瞬間、1体のデビドラモンが鉄爪、有機ミサイルによる防壁を突破する。

 それだけならば、彼が焦る必要もない。
 狙われたのが彼であれば、その頑丈な肉体でデビドラモンの一撃を跳ね返せば済むことなのだ。

 だが、デビドラモンはメタルグレイモンへと見向きもせず、その脇を疾駆。
 そのまま地上へ向かって加速。大輝へと肉薄、片腕の爪を振り上げる。

 「っ!?」

 大輝がそれに反応して大地を蹴って横へと飛ぶ。
 振り下ろされた爪は大輝の足元にあった道路図を粉砕。破片の一部が大輝の体へと殺到している。

 「くそぅ!!?」

 メタルグレイモンの心に焦りが生まれる。
 彼の周囲にいるデビドラモンを無視して、大輝の元へと向かおうとする。だが、機械化され重量の増した肉体を空で支えるボロボロの翼は、デビドラモン達を振り切るにはあまりにも非力だった。

 デビドラモンは俊敏な動きでその行く手を阻むように、正面へと回りこむ。

 「邪魔をするなっ!!」

 メタルグレイモンは自身の動きを止めることなく、左手の鉄爪をデビドラモンへと振るう。しかし、その一撃はそれが振り切られる前に頭部正面に衝撃を受け、体制を崩す。
 翼に力を入れ、すかさず態勢を立て直すとその衝撃を受けた方へと視線を向ける。

 そこにあるのは別のデビドラモンの姿。
 1体ではない、まるで大輝とメタルグレイモンを隔てる壁を形成するかのようにデビドラモンが群れを成していた。



 土煙の中から黒い槍が大輝目掛けて迫る。
 その一撃を手にしたマクフィルド製のマイクで弾き、再び不意打ちを食らってはたまらないとその土煙から距離を取る。

 その最中に、メタルグレイモンの姿を見やる。
 メタルグレイモンはデビドラモンの群れに行く手を塞がれ、こちらへの行く手を塞がれていた。

 「くそっ!!」

 毒づき、改めて先ほどまで土煙が舞い上がっていた場所へと視線を戻す。デビドラモンがそこから姿を現し、真紅の四つ目で大輝の睨んでいた。

 よくよく見やれば先ほど槍と視認したソレは、デビドラモンの尻尾であったようだ。

 嫌な汗が頬を伝う。果たして目の前の存在から自分はメタルグレイモンが駆けつけるまで生き残れる事ができるだろうか。

 デビドラモンが動く。
 そのスピードはまさに疾風。大輝の目ではその姿を追い切ることが出来ないほどのスピード。

 大輝はデビドラモンの姿が視界から消えると同時に右に跳躍。

 次の瞬間、デビドラモンの爪が振り下ろされ地面に描かれた道路図がまたも砕かれる。
 着地の瞬間、デビドラモンが尻尾を大輝へと向かって飛ばす。

 避けられない。

 瞬時にそれを感じ取ると大輝はその手に持ったマクフィルド製マイクを迫り来る尻尾へと叩きつける。

 尻尾は地面へと落ち、大輝の体はその反動で軽く宙を浮く。

 「ってぇ〜……」

 地面へと着地すると、その手に伝わる衝撃に手を軽く振るう。

 デビドラモンを見やれば、尾を軽く振るい自らの元へと引き戻しており、その姿から先の一撃が目の前の存在にダメージを与えたとはとても思えなかった。

 いつまで、デビドラモンの攻撃を防ぎきる事ができるだろうか。

 段々と自分がしに近づいていることを実感する。
 そしてそれに呼応するかのように先程から自らの中で感じる鼓動の心拍は更に強くなっていた。





 少女は暗闇の中で笑みを浮かべる。
 現在の状況が彼女の思い描いたとおりに動いているのが、非常に心地よかった。

 「さぁ、見せてみなさい。IARASプログラム……その力を……」、





08:00- すすやん

「どけぇ!」

 メタルグレイモンは幾度となく左腕を大きく振り乱し,幾体ものデビドラモンをデータの塵へと化していった.
 しかし,それでも敵の数は減ることなく,まるでこの前後左右不確定の世界から湯水のごとく湧いて出ている.
 
 (おかしい…)

 メタルグレイモンの脳裏に一つの疑問が浮かんだ.
 戦闘種族であるデジモンにとって,戦うことは本能だ.
 特に野生のデジモンらなば,敵の強弱にかかわらず,出合頭に死闘を始める.
 デビドラモンなど,その筆頭というべきデジモン.

 メタルグレイモンは左腕を右に一閃,2体を敵を薙ぎ払い,すかさず左へと返した.

 「グオオオォォォォォ!」

 同時に咆哮を上げ,まさに敵に喰らいつかんばかりに突進を開始した.
 しかし,それに恐れるどころかデビドラモンはメタルグレイモンの目前に立ちはだかり,ある者は守りの薄い右から紅の爪を振りかざした.
 
 「チッ!」

 メタルグレイモンはそれを太い尻尾で薙ぎ払う.
 その隙をついて,デビドラモンたちは再び体制を整えた.

 (やっぱりそうだ…)
 
 メタルグレイモンの疑問は確信に変わった.
 デビドラモンたちは大輝と自分の距離を開けようとしている,ギガデストロイヤーの有効範囲内に大輝が入っているように.
 自分が強行突破しようとすれば,こちらの死角から攻撃を仕掛け,そちらに気を取られている間に体制を整える.
 なにものかの指揮に従って….

 「どうするッ,どうすればいいんだ!」



 生きていて,これほど体が軽いことがあっただろうか?
 これほど,昂揚することがあっただろうか?

 大輝は目前の敵に対して,妙な気分になっていた.
 死を目前にしながら,頭を支配するのは恐怖よりも魂の昂り.
 腹の底にある熱いものを吐き出したくなる.

 「へへっ!」

 急に笑いがこぼれた.
 ついに気が狂ったか,などと妙に自分を冷静に判断もできる.
 不思議な気分だった.

 ギュン

 目の前に黒い塊が迫った.
 すかさず,マクフィルド製マイクをかざした.
 しかし,これまでの無理がたたったのか,マイクの柄はその衝撃に耐えられず,グニャリと曲がった.

 「マジかよ…」

 大輝は自分の体がまるでバットに打たれたボールのようにきれいな放物線を描いているのを感じた.
 受け身も取れず,地面にたたきつけられる.
 
 全身が痛い.
 体が悲鳴を上げている.
 だが,魂は燃えたぎっている.
 
 「動けよ…」

 大輝は自分自身に言い聞かせた.
 自分の魂のたぎりを自分の体の所為で冷ましたくなかった.

 ≪さぁ、見せてみなさい。IARASプログラム……その力を……≫

 声が聞こえた気がした.
 
 「へへっ…! 誰だか知らないが,応援には答えなくちゃなぁ」

 自分はこんな口調だったのか,一瞬よぎった疑問を一瞬で振り払った.
 少し離れたところで,メタルグレイモンが必死で戦っている.
 自分を守るために…!

 「あいつが頑張ってるんだ! オレが寝ててどうする!」



 大輝はゆっくりと立ち上がった.
 デビドラモンはその間ずっと待っていた.
 いや,正確には動けなかった.

 どんな生き物でも初めて見る者には非常に警戒する.
 デビドラモンは大輝からあふれる何かが理解できなかった.
 そして,それは自分では理解できないものだとも理解していた.

 大輝は目を閉じ,大きく息を吸う.
 それを合図に,デビドラモンは大輝目掛けて突進した.
 これで勝負が決する.
 デビドラモンは両腕を顔の前で構えた.
 
 クリムゾンネイル…

 怪しい紅い光の斬撃が繰り出された.

 大輝にその斬撃が迫った刹那,大輝の目がカッと開かれた.
 その眼は血走り,そして体は金色の輝きを放つ.

 「ハードロックダマシー!」


 その様子をじっと見つめていた少女はにっと嬉しそうに笑った.
 
 「すごい,面白いことになった」




09:00- ナクル

 事の始まりは不幸な事故だったのだろう、と少女は思う。

 少女――安部 唯(ヤスベ ユイ)は、一抱えでは足りないほどの大きさのディスプレイの端に表示された、戦闘を続けるオメガシャウトモンを見てふと追憶する。



 遡るのは小学二年生の頃まで。
 自分はクラスでわかりやすく浮いた存在だった。パソコンというものを触ったことのないクラスメイトも多い中、自分は年齢不相応に優秀なプログラマーであり、そしてハッカーであるという――それは自分だけの秘密であったが――自覚があったから。
 遊び相手がいないわけではない。仲の良い友達もいる。人付き合いは上手な方だった。ただ、その中で自分が特別な存在であるという意識はどうしても拭うことができなかったし、それは事実でもあった。

 親ですら、どこか腫物に触るかのような視線を自分に投げつける。そんな中、双子の姉はそんな自分にとって、そのような特別な垣根を越えた先にいる唯一といってもよい存在だった。

 しかし、小学二年生の夏のある日に、その関係は容赦なく断たれることとなった。

 結果から言えば、実験段階のIARASが一瞬、檻の外に逃げだしたのだった。
 ほんの一瞬のそれはほんの一瞬であるがゆえに瞬く間に隠蔽され、その被害もなかったとされたが、それは間違った認識であったことを唯だけが知っている。
 自分の身体を見おろす。そしてあたりの空間に目をやる。時折渦巻く0と1に無意識に目を細める。
 自分が――おそらく唯一の――その時のIARASの被害者だ。
 たまたまネットの比較的深部にいたがために。誰にも認識されず、ただ神隠しにあったように忽然と消えた。現実世界ではそれ以上の認識はされなかっただろうが。

 一瞬外の世界を見たIARASは、デジタイズされた唯に何故かしらよく懐いた。幼い唯に、閉じ込められ世界を知らないIARASが共鳴したのかもしれなかった。
 IARASはプログラムであり、実体を持たない存在でありながら、生物のように振る舞っていた。視認できないにもかかわらず、唯にはそれが確かに分かった。
 唯はIARASを己の庇護下に置いた。唯の下では唯に従順なIARASはIARASの行うべきプログラムを実行せず、そのため八月一日らから見つかることもなかった――というのは後から調べて分かったことであるが。
 制御の利かない存在であるはずのIARASは、唯の元では飼い馴らされた番犬のようであった。

 初めはわけもわからない世界で生きていくことに必死であった唯だったが、次第に世界に慣れ、そして当然のごとく、現実世界に還りたいと願うようになった。親にも友人にも未練は薄いが、姉には耐えきれないほどの未練があった。
 その願いにも、IARASは従順だった。

 唯は考えた。IARASは現実世界の住人をこちらの世界に引き込むことができる。その時にできる穴が拡がれば、こちらの世界とあちらの世界の往来が可能になるのではないかと。
 唯はその考えを実行した。この世界に来た時に初めてであったデジモン――唯のパートナーデジモン――は怪訝な表情を見せていたが、気づかない振りをした。
 それが、ネット上で神隠しとして噂となっていることを知ったのも、少し後になってからだった。

 IARASは唯の庇護下で独自の進化を遂げた。管理下に置かれるIARASと唯の元にいるIARASは当時既に別物と化していた。それは八月一日らに自分の持つIARASを気取られないという点で唯に有利に働いていた。デジタルワールド内では時間の進みが速いことも働き、水面下で神隠しは着々と進行していった。

 そして。
 その時は来た。唯の待ち望んでいた時が。
 独自の進化を遂げた唯のIARAS。そして厳重な管理下に置かれた囚われのIARAS。その二つを強く共鳴させることができた。
 囚われのIARASにはそれで充分だった。外にいるらしき同族の存在を知覚し、囚われのIARASは檻を突き破って逃げ出した。誰にも制御されない、自由な世界を求めて。
 これで囚われていたIARASは本能のままにデジタイズを行うだろう。デジタイズ現象も堰を切ったように増加するはずだった。
 そして、己のリ:デジタイズも目前に。

 誤算があったとすれば、囚われのIARASは進化に貪欲であった。ずっと束縛を受けていたためであるかもしれないし、進化をした唯のIARASに刺激を受けたためであるかもしれない。
 理由はしかし重要な意味を持たない。その結果、デジタイズされた現実世界の人間は、デジタルワールドにおいてデジタルモンスターの形質を取るという、ある種の進化を遂げることとなった。
 しかし唯にとって最も重要であるのは、現実世界からデジタルワールドへのデジタイズ現象の増加でった。それは些事と割り切った。

 しかし、IARASは更に進化を求めた。モニターの端でシャウトモンが進化をしたのは、間違いなくIARASの仕業だろう。

 面白い。――IARASも、それを受けて本当に進化してしまうシャウトモンも。

(……このくらいで、私の計画は止まらないけど)

 オメガシャウトモンとメタルグレイモンにデビドラモンらが瞬く間に散らされ壊滅していくのを眺め、軽く表情を緩める。

 傍らに立つ己のパートナーが怪訝な表情を見せるのを、唯は気づかない振りで流した。いつものように。




10:00- 矢崎真名

 金色の輝きとともに蹴散らされるデビドラモンらと、大輝のその姿に一瞬メタルグレイモンは動きを止めた。だが、一瞬、されど一瞬。次の瞬間肉薄してきたデビドラモンの赤い血のような爪をかわし、機械化していない手で殴る。たいしたダメージにはならないが、牽制にはなる。

(ダイキだよね?とにかく合流しなきゃ!)

思いは常にそれだけだが、機械的に多数のデビドラモン達の攻撃を受け流し、はじき、よけつつしっぽで攻撃の方向をそらし、ダイキのいない方向へトライデンドアームをふるう。それでも数はいっこうに減る気配はない。

(なにか、なにかないのか!?せめてダイキに何か合図を送れれば!!)

倒しても倒しても数の減らないデビドラモンらに、焦燥を募らせるメタルグレイモンに、大輝の声が聞こえたのはその時だった。










 大輝が気づいた時、自身の中に何かがいるような気がした。実際、力があふれてくる感じがするし、先ほど襲ったデビドラモンのいくつかは消滅、消滅とまではいかずともかなりのダメージを負わせることには成功しているようだし、先ほどの攻撃で少々ばかりこちらの出方をうかがっているのか、向こうの動きが止まったのだ。

(多分出方をうかがってるよな?なら、こっちから仕掛けるまで!!)

思うと同時に、体がぐっとおいていかれそうな感覚とともに一匹のデビドラモンに肉薄、勢いのままに右足を蹴り上げる。それだけで体のデータが粒子とかしたのだから、威力もしれるというモノだ。

「っすっげ。」

思わず口について出るが、それがきっかけとなったのだろう。一斉に襲いかかろうとしてくる。あふれる力の高揚に大輝は酔っていた。けれどどこか冷静な部分が、どうやったら終わるのかと自問する。自分が出来ることは何か。分からない。考えながら戦闘が出来るとは、さすがに思っていない。
全身に炎をまとわせるイメージ。

「ハードロックダマシー!」

イメージ通りに技が発現し、先ほどと同じように周囲に炎が飛ぶ。先ほど見た技とあって、デビドラモン達は余裕を持って回避、ばらばらの時間差攻撃を仕掛けてくる。それを何とか自身のスピードに助けられつつ避けながら何とか考える。他にどんな必殺技を持っているのかは未知数だが、先ほど蹴り上げたモノも技の効果と見てもいいかもしれない。いくらスピードが乗っていたとしても、簡単に倒せるとは思わないからだ。どの程度戦えるのかなんて、戦いの経験のない大輝には分からない。でも、一つだけあるかもしれない。たいしたものじゃない。元は遊ぼうとアクセスして、こうなったのだから。


 後で大輝は振り返る。あの当時の自分の思考はすでに自分のモノとは言い難かった。あくまで当時の自分は年相応の、ゲームだって、そんなに勝てた試しもないような、特別何かが優れているとはいえかったのだ。何かしらの干渉があったとしてもおかしくはない。おそらくは情報の奔流。あれがおこった時に何かしらの影響を受けていたのかもしれないと。


「メタルグレイモン!ギガデストロイヤー!」

口について出たのは、メタルグレイモンへの指示。たまたまなのか、向こうが出来るだけこちらを気にかけ見ようとしていてくれたおかげか、刹那目が合う。うなずいた気がした。

 メタルグレイモンの胸のハッチが開く。それとともに現れる生意気そうな歯が並ぶとんでもない威力を秘めた核弾頭。それは大輝のいる方へ向けて発射されたモノだった。
 いける。自分はいける。思考と加速スピードがかみ合わず、頭が痛い。速く速く!もっと速く!


その間はたった十秒。ミサイルが爆発する。煙が晴れるのも待たぬ間にメタルグレイモンの腕が切り裂く。その場に、大輝はいない。メタルグレイモンは息を吐く。

「全く。無茶してくれるよ。」
「分かってやってくれるおめぇもクールだぜぃ。」

そう軽口をたたき合いつつ、何とか合流できた彼らは、コツンと互いの拳をたたき合い、


「「さぁ!反撃開始だ!!」」

声を重ねて宣言した。




11:00-秋涼

決してあの二体を合流させないように行動していたデビドラモンにとって、この状況は予期せぬものだった。
完全体であるメタルグレイモンには自分達は敵わない。
成熟期と完全体だから。そこに横たわる戦闘能力の差故に。
だからこそ、外見からして成長期だと思われる赤いデジモン、シャウトモンに狙いをつけ、距離を空けさせたのだ。
例え、戦闘能力に差があろうとそれは絶対的なものでないことを、デビドラモン達は知っていた。
数なら圧倒的に有利なのだ。戦術さえ整えれば、決して倒せない相手ではない。
だがそれは、二体同時に相手にしなければの話だ。
この作戦は間違っていなかった。唯一の誤算があるとすれば、シャウトモンを軽視していた事だろう。
まさか、あの場面で“進化”するなど思わなかった。
メタルグレイモンに守られているだけの脆弱なデジモンだと思っていたのに……
既に二体が合流し、闘志を漲らせている時点で、デビドラモン達に退却という手段を行使することはできない。
したら最期、背後から狙われ、瞬く間の内に死ぬ事は目に見えている。
ならば、戦うまで。
例え、勝利できる可能性が少なくとも、戦いに絶対はない。
勝てる… その限りなく低い可能性に挑むことをデビドラモン達は決めたのだ。

「へへっ、アイツ等もやる気満々みたいだな。そうこうなくっちゃ!
 行くぜ、メタルグレイモン!」
「おうよ!」

二体が揃ってから攻撃する素振りを見せず、空中に漂っていたデビドラモン達が一斉に動いた。
ギラギラとした赤い瞳は闘志に溢れている。
そうこなくては… 大輝は身の内から溢れ出る闘争本能に陶酔していた。
この力がなんなのかわからない。
しかし、この力を思う存分発揮したいと思う。
大輝は未だ、自分の身に起きた変化に気付いてなかった。彼にとってはこれもゲームのイベントの一つに過ぎない。
自分のスピードが優れていることは先程の戦闘によくわかった。
そしてそのスピードはメタルグレイモンを遥かに凌いでいることも。
なら、先制するのは大輝だ。

「俺がアイツ等を撹乱する。その隙にどでかい一発頼むぜ!」

返事は聞かなかった。
いつになく軽い体、凶刃な足で地面を蹴る。
デビドラモンの群れへと特攻する。
メタルグレイモンの声が聞こえたような気がしたが、よくわからなかった。
素早い身のこなしで先陣をきっていたデビドラモンへと跳躍する。
ここで一発キックでもお見舞いしてやろうと、単純に思っていた矢先…

「やっぱり、そう来るよな」

デビドラモンの長い尾が振り下ろされる。
翼のない大輝にとって空中で攻撃されるほど脅威な事はない。
自分のスピードを過信していたのが、原因だ。
素早く両手を交差させて、振り下ろされた尾を受け止める。
凄まじい威力を秘めたひと振りは重力との相乗効果によってさらにその威力を強める。
大輝はそのままの態勢で地面へと突っ込んだ。
大量の砂塵が舞い、その姿を覆い隠す。

「ダ、ダイキーッ!」

メタルグレイモンの絶叫が響く。
デビドラモンと大輝の距離が近い以上、ギガデストロイヤーを打つことはできない。
しかし、何も装備があのミサイルだけでないのがメタルグレイモンの恐ろしいところだ。
とどめだと言わんばかりに鋭い爪を振り上げ、必殺技を叩き込もうとするデビドラモンへと左腕… トライデントアームを向ける。
機械化されているためにできる荒業だ。
格納されていた機能を機動し、ドンという鈍い音と共に、トライデントアームが伸びる。
鋭く尖った爪が必殺技を打とうと動きの止まったデビドラモンへと炸裂する。
そのまま串刺しにし、大輝同様地面へと叩きつける。
無論、大輝が負ったダメージ以上のダメージがデビドラモンの体へと叩きつけられる。
そしてそのダメージに耐え切れるほどの防御力は残念ながらデビドラモンの体にはなかった。
パラパラとその姿は光の粒子へと姿を変え、天へと登っていく。
仲間を倒されたことにより、他のデビドラモンが悲しみの咆哮を上げる。
しかし、そんなものは知ったことではない。
とにかく今のメタルグレイモンは大輝の無事だけを願っていた。
巨体故の動きののろさを嘆きつつも、即座に大輝がいるであろう場所へと向かう。

「ダイキ! 無事か!? ダイキ……?」

舞い上がった砂塵も収まり、見晴らしがよくなったにも関わらず、大輝の姿はそこにはなかった。
きっと、叩きつけられた衝撃でその場に身を丸くしていると思っていたのに……
慌てた様子でメタルグレイモンは周囲を見回す。
あのスピードだ。どこかに移動していたとしても何ら不思議はない。
しかし、何処を探しても大輝の姿を見つけることはできなかった。



そんな姿を観察している一人の少女、唯。
唯もまた、大輝の見せた行動に驚きを隠せなかった。
確かにIAPASの力を受けて進化したシャウトモンは大幅なパワーアップを果たしていた。数値がそれを物語っている。
しかし、

「こんなにもポテンシャルが上がる事なんてあるの?
 まるで、

―――未来を予測していたかのような

瞬く間に壊滅させられるデビドラモンの群れ。
それは唯の計算通りだった。
メタルグレイモンとIAPASプログラムの力で進化したオメガシャウトモン… その力を合わせれば、デビドラモンなど赤子の首をひねるようなもの。
本気など出さなくても勝てる相手へと成り下がってしまったのだから。
故に圧倒していても何ら不思議ではない。
唯が驚いたのはそれではない。
デビドラモンから攻撃を受ける… 正確にはデビドラモンからの攻撃を受け止めた瞬間の表情。

「オメガインフォース…… アレを体現したとでも言うの?
 でも、それでも」

私の計画は止まらない。




12:00-夏P(ナッピー)

 オメガインフォース。
 そう呼ばれる力は確かに存在する。かつてXプログラムと呼ばれる力によって大混乱に陥った世界の中で名を馳せた聖騎士がその力を以って絶大なる戦闘力を発揮したという伝説はこの世界に生きる者なら誰もが知っている。
 だがその力が存在すること、それ自体がそもそもの机上の空論。伝説は飽く迄も伝説、僅かに先の未来を予知してそのための適切な行動を取ることを可能とする力など夢物語でしかない。もし本当にそんな力を持つ者がいたとすれば、それは。
「……まさに」
 本当の意味で、無敵の存在と呼べるのではないか――!?






 まるで羽毛のように体が軽い。人間“だった”頃の自分が嘘のように今の自分は怪物を相手に宙を舞い、拳を叩き込み、そして光線を放つ。自分をサポートしてくれるメタルグレイモンの存在はありがたい。けれど自分は一人でも戦える、錯覚などではなくそう思う。“この程度の相手(デビドラモン)”なら何体が束になって現れようとも問題は無い。

「おらァ!」

 今もまた一発、叩き込んだ拳によって一体のデビドラモンが少年漫画のように吹き飛んでいく。何の力を持たない自分が、脆弱な人間だった自分が、一度拳を振るえば面白いぐらいの戦果が得られる。その感覚はこの上ない快感だ。
 事実、戦うにつれてオメガシャウトモンの力は確実に上がっている。

「ダイキ……」

 だから有象無象に負けるはずも無い。それはわかっている。
 それでもメタルグレイモンの頭には一抹の不安が過ぎる。オメガシャウトモンの戦闘力は確かに驚嘆に値する。だがデビドラモンの群れの中で暴れ回る姿は勇猛というより鬼気迫るものを感じさせた。
 元来、デジタルモンスターという生き物は戦うために生きる存在だ。だがそれも時代の流れと共に確実に移り変わり、平穏を望むデジモンや戦闘能力に秀でないデジモンなどが数多誕生してきた。その中にあって、目の前のオメガシャウトモンの戦いぶりは間違い無くかつての“戦うために生きる怪物(デジタルモンスター)”だった。
 しかし何かが違う。何かが危うい。そう感じる。今の彼を突き動かしているのは、そのデジタルモンスターが本来持つべき闘争本能ではない。当然といえば当然か、彼はそもそもデジタルモンスターではなく別世界の生き物、人間なのだから。
 故に今の彼が戦う理由は言うなれば快楽、目の前の敵を己が力で打ち砕くことに対する愉悦。自らの力を誇示することが何よりも楽しいと、ただ敵の存在を踏み躙ることが何よりも喜ばしいと、ただそんな衝動に任せて力を振るっている。そんな欲望に身を呑まれかけている。
 やめろ、取り返しの付かないことになる。そう叫びたい。けれど言葉にならない。

「……………!」

 何故ならメタルグレイモンは見てしまったから。
 ダンスを舞うように敵を引き裂く姿に芸術を、己の命を顧みずただ戦いに没頭していく姿に自らの在るべき姿を、そして何よりも全てを圧倒するだろう絶対的な力に世界の理想を。

「綺麗……!」

 だから響くのはそんな呟き。だが涼やかな少女を思わせるその声音は、当然メタルグレイモンの口から発せられたものではない。






 綺麗。不覚にも自分の口からそんな呟きが漏れたことを少女は悔やむ。
 メタルグレイモンが振り返り、彼女の姿を認識した。この機械竜もまた元より計画の障害となる存在、いずれは排除しなければならないことは重々承知していたが、今この場で戦うことになれば少なからず自分達の計画に僅かな狂いが生じることは間違い無い。
 それでも言わずにはいられなかった。思わずにはいられなかった。オメガシャウトモンの戦いぶりはそれぐらい戦慄で、凄絶で、そして何よりも可憐だった。

「お前は……」

 メタルグレイモンが僅かに怪訝そうな顔をする。恐らく自分の隣に立つパートナーを前にしての疑問だろう。
 それに答えるつもりも無い。そして何より――時間をかけるつもりも無い。

「メイルバードラモン……デジクロス」

 隣に立つパートナーの名、そして“融合”を意味するその単語。それだけを告げて少女は僅かに瞑目した。






 数が減った気はしないが、デビドラモン達は明らかに弱腰になっていた。
 奴らに恐怖という感情があるかはわからないが、戦えば戦うほどに力を増すオメガシャウトモンの力に少なからず動揺は覚えている様子だ。そうなれば所詮は烏合の衆、この手で直接叩き潰すまでもない相手だ。
 だからフゥと一瞬だけ嘆息する。そこで数分ぶりにメタルグレイモンを振り返ると、そこに。

「なん……だと……!?」

 メタルグレイモンがいた。
 それだけなら何らおかしいことは無い。先程まで自分をサポートしてくれていたのは確かにメタルグレイモンなのだから、そこにその機械竜がいること自体には奇妙な点など一つも無いのだ。
 だが違う。それでも違う。――何故ならそのメタルグレイモンは、青い。

「お前は……誰だ」

 その問いに青いメタルグレイモンは答えない。
 ダイキの知るメタルグレイモンとは違う、仮面に完全に覆われた頭部からその心中を窺い知ることなどできようはずもない。
 間違い無くわかる事実は、このデカブツに自分が見下されているということだけだ。

「流石ね。……所詮デビドラモン程度じゃ役不足だったということかしら」
「ちなみに役不足の使い方が間違ってるからナ?」
「黙れ馬鹿」
「ひいっ!?」

 驚いたことに、その青い機械竜の口から響いたのは女の声だった。声音からして恐らく自分と同年代だろう。この見た目で女の声とはどういう了見だと神様に問い質してやりたくなる。
 何故だろう。そこまで考えて、自然と気付けた。

「俺と同じカ、テメーは」
「……そこに気付くとは……やはり……」

 機械竜の口が動く。感心したと言いたいらしいが、そうは見えない。
 そう、少女もまたダイキと同じだった。人間である己の肉体を希少種、グレイモンへと変化させ自らのパートナーであるメイルバードラモンと融合、そうして誕生したのがこの青きメタルグレイモン。ダイキの知るメタルグレイモンを倒した機械竜の正体だった。
 だがまだだ。まだこの敵は終わりではない、まだこの敵には先がある。

「そう、私はあなたと同じ……だから」
「……さっさとシろよ」
「せっかちな男はモテないわよ……」
「ほっとケ」

 不思議と恐怖は無い。現れた金色の怪物を前にしても、何故だかワクワクに近い感情が止まらない。




 メタルグレイモン、超進化。――ジークグレイモン――!!




13:00- ヤステモン

その姿は、目が眩むほどの眩い黄金、その神々しさはただ見とれてしまうほど美しかった。
ダイキもといオメガシャウトモンはただ一瞬、その神々しさに見とれてしまっていた。
次の瞬間、「ドン!」鈍い音の後に体が空中を舞い地面に強く叩きつけられた。

「なにをぼーっと見ているの……こんなものではないでしょう?」
少女は、倒れているオメガシャウトモンに吐き捨てるように言い放った。

すぐに立ち上がり少し距離をとり、「ちっ、綺麗だからって油断した!くらえ!ハードロックダマシー!!」

急の立ち上がりからの攻撃にジークグレイモンもよけれず直撃を受けた。
辺りには、煙が立ちオメガシャウトモンからは敵の姿が見えなかった。


「やったか!?」当たった感触はある。しかし、この視界のだと敵を倒したのかもわからない。
オメガシャウトモンが地面におり、敵に近づこうとした途端、


「…トライデントファング…」

煙の中からオメガシャウトモン目掛けて鋭い爪が迫った。
オメガシャウトモンはとっさに交わし攻撃を避けたが、空気すら引き裂くその攻撃の威力、攻撃を当てたのにも関わらず傷一つついてない体。

強さ、頑丈さ何もかもが驚愕の強さに普通のデジモンならば恐怖で逃げ出すだろう。

なのにオメガシャウトモンは、まだワクワクしていた。
「へへっ、強いな……普通なら怖いはずなのにスゲーワクワクする!!」

それをジークグレイモンは見下すように眺め「気に入らない・・・・・・」とぼそっと言い放つとオメガシャウトモンめがけて、口から炎を吐き、腕からビーム砲を撃ち放った。

オメガシャウトモンはそれらの攻撃を身軽動きでヒラリと交わし反撃をする。

「ビートスラッシュ!!」鋭い蹴りをすることにより斬撃を飛ばす。
「プラズマレールガン…」その斬撃を打ち落とすようにビームガンを打ち出す。

両者の技がぶつかり大きな爆発、煙が辺りを覆った

煙の中から「ガキン!」「キンッ!」と金属同士が強くぶつかる音が響いた。

両者の力はほぼ互角、どちらも引かず技を繰り出しぶつけた。


「へっ、結構やるじゃねぇか!」蹴りと爪のつばぜり合い最中にオメガシャウトモンが言い放った。

「でも、もう終わらせる・・・」ジークグレイモンが下がり少し距離を置いてから、「ファイナルストライクス!!」と叫ぶとオメガシャウトモンに向かって突進してきた。

「へっ、なら俺もいくぜぇ!!オメガ・ザ・フュージョン!!」ジークグレイモンに向かって聖騎士のオーラをまとい突進した。


金色の両者己の力全て出し切りぶつかった。

辺は爆発と煙で何も見えなくなった。




14:00- パラレル

 立ち込める煙がゆっくりと消え、彼らの勝敗を明らかにする。――金色の機竜の白銀の爪が金色の竜人の喉下に突きつけられている姿を。
「勝負あったわね。安心して、命まで取るつもりはないから」
 機竜――ジークグレイモンが冷ややかに告げる。その声に慈悲などなく、何か余計な動きをすれば躊躇なくその爪を竜人の喉に深々と突き刺すことが容易に想像できた。
「……一体何が目的だ? 『戦うのが楽しいなぁ〜、ヒャッハ〜』とか、そういうんじゃないダロ? ……ぐふっ」
 竜人――オメガシャウトモンが軽くふざけたように見えたのでジークグレイモンは右手のレールガンで軽く彼の腹を殴った。
「余計なこと言わないで。というか、それはあなたの方じゃないの?」
「んなことは……」
 ジークグレイモンの冷たい声に憤るが、直後に今までの自分がどんな様子だったのか客観的に見れた。
 ――体の内から湧き上がる力に歓喜し、飢えたかのように戦いを求めた自分の姿を。
「ま、私としてはその方が有難かったりするんだけど。……八月一日大輝君」
「なんで俺の名前を……」
「知ってる人には美少女天才ハッカーで知られていたから、かな」
「自分で言う……ごはっ!」
 再びレールガンで腹を殴られた。さっきより強いのは気のせいだろうか。
「余計なこと言わないでって。……私はただこの世界から出たいだけよ」
「ん?」
 ジークグレイモンが小さく呟いたのをオメガシャウトモンである大輝は聞き逃さなかった。そのときの寂しげな顔が心の奥に引っかかったのもその原因だろう。
「お前……名前は?」
「……安部舞。それがどうかしたの?」
「なあ……俺がお前の力になれないか?」
「……え?」
 そんな言葉がなぜ出たのか自分でも分からない。ただ、何かもやもやしたままなのがいやだった。一言で言えば、放っておけなかった。
「その代わり、教えてほしい。ここが何なのか、俺達の身に何が起こったのか」
「もともと利用するつもりだったけど……なんなのよ……」
 大輝の真剣な目にジークグレイモン――舞は珍しくうろたえる。なぜ、そんな風に自分のために真剣な目ができるのか。それも、さっきまで互いを傷つけあっていた相手に。口に出す言葉もぼそぼそと力ないものになっていく。
 その瞬間に隙がうまれたことに二人は気づいていなかったようだ。
  刹那、乱入者が躍り出た。




15:00- メカ道楽

IARASプログラム。

元々、人間の意識を従来より高度なレベルでネット世界とシンクロさせ、VR世界を疑似体験させることを目的としたプログラム。
このプログラムは、実験段階の事故によりその一部が、誰にも気付かれない間に安部 唯をデジタルワールドに巻き込み、まるでデジモンのように意思を持ちながら、貪欲に進化を求め続けた。
唯はそれを己の庇護下で成長させ、今回の神隠しの原因となったわけだが、ここで一つ疑問が生じる。

ただのVR世界をよりリアルに認知出来るようになる為のプログラムが、予想外の事故とはいえ、ここまで従来の目的と違う能力や意思を持つようになるだろうか。
そして、神隠しを自分の意思で引き起こしたと思っている唯は疑問に思っていなかったようだが、結果的にIARASプログラムの望む、進化が発生するような環境がここまで都合よく揃ってしまうものだろうか。

もし、もしもだが。
このIARASプログラムに、唯でも八月一日主任でもない誰かの意思が介入していたとしたら……。


「「―――ッ!?」」


突然、ジークグレイモンとオメガシャウトモンの身体が震え始める。
ダメージが蓄積されているオメガシャウトモンだけではなく、自身のパートナーにまで同じような異変が発生したことに、唯は気付く。

「ジークグレイモンッ!?」

「唯ッ…!これは、俺の身体の中から何かがッ……!!」

ジークグレイモンは苦悶の表情を浮かべると、地面に倒れこんだ。
金色の二体の様子を遠くから見守っていたメタルグレイモンも異常に気づき、オメガシャウトモンの方へと駆け寄っていく。

「ダイキッ!どうしたのっ!?」

「わ、わからねぇ!?いきなり、俺の身体の中で何かが暴れてるみたいにッ…グッアアアアアアッ!!!!」

オメガシャウトモンとジークグレイモンが叫ぶと同時、それぞれの口の中から黒い球体が飛び出してきた。
唯にとって、それはよく見慣れたものであり、驚愕に目を開きながらその名を叫ぶ

「IARAS!?なんでいきなり…!?」

IARASは未だに苦しんでいる二体の身体が纏っている鎧から黄金の輝きを吸収すると、二つの球体は空中で混ざり溶け合うと、一つの形を作り出していく。
メタルグレイモンはそれをまずいものだと判断したのか、巨大な機械の腕を、球体へと振りかざす。

「トライデン…ぐあああああっ!!」

しかし球体から発せられた黒い波動により機械の腕は粉砕され、メタルグレイモンはその衝撃で遠くへ吹き飛んだ。
翼の生えた人型のシルエットに変化したIARASは、口であろう部分を歪ませると、片腕をジークグレイモンとオメガシャウトモンへ向ける。
すると、最後の一絞りのような光がIARASの手へと吸い込まれ、二体の超進化は解除された。
ぴくりとも動かない二体を見ながら、黒いだけだった悪魔の身体に、色が沈殿し、輪郭が明確になり、形を、質量を持つ。




「―――ハ、ハハハハッ!!ハハハハハハハハッッ!!―――ハッピィィィ〜〜〜〜〜ッ……バアアアアスデエエエエエエイィッッ!!」

神話の中に見られるような悪魔そのものの姿になったIARAS。
それは歓喜の産声を上げた。
一人唖然とその様子を見ていた唯を視認すると、IARASはニヤリと笑いながら唯の方へと身体を向けた。

「おお、唯!!ありがとう!私の願いを聞いてくれて、本当にありがとう!よくIARASをここまで成長させてくれたね!おかげで私の身体もこのように完璧な形で復元することが出来た!例を言うよ!!」

「アンタが…IARAS…なの…?」

「それは間違っていないが、正確ではないなァ。そうだね、せっかくだからここで名乗らせてもらおうか。私の名前はメフィスモン」

メフィスモンと名乗ったその悪魔は、大仰な礼をしながら、言葉を続ける。

「IARASプログラムに潜み、身体を修復するために進化の為のエネルギーを求め続けた、卑しい卑しいただの悪魔だよ」

そう言うと、メフィスモンは空を見上げた。
それに釣られて空を見た唯は、その目に飛び込んできた光景に驚愕する。

そこには、恐らく他の神隠しの子供たちの身体から吐き出され、あらゆる次元空間を超え集まってきたであろう無数の黒い球体――IARASプログラム――があった。




16:00- 観測員1081号

 巨大な黒い球体を掲げてそのデジモン―――メフィスモンはごきり首を鳴らして、準備体操をするように、体をぶらんぶらんとさせている。
 その頭上には数多の黒い天球―――IARASプログラムの破片があった。
 いや、それはもうIARASプログラムと言っていいのか、どうかも分からない。
 今や、それらはメフィスモンの頭上高くをたゆたうだけの黒い球となっているのだから。

「いやはや、本当にありがとう唯……君のお蔭で私は生まれ変わることが出来たんだ」

 山羊の頭から目玉をぐるんと飛び出させて、メフィスモンは可々これまた愉快と笑っていた。
 彼女は驚愕におののいた顔で、その羊頭を見つめた。
 一体何が何だか分からない―――大輝は二人の―――否、一匹と一人のやりとりを見つめることしか出来ない。

「なんで……どうしてなの……?」

 愕然とした表情で唯がメフィスモンに、この場を表すかのような質問を上げた。
 メフィスモンは先ほどの笑みを―――この場合、酷く、歪み、口はしを吊り上げた様な禍禍しい笑みを保ったまま、年端も行かぬ少女に答えた。

「何って唯……君が望んだことじゃないか? これにてハ、ハハハハッ!!ハハハハハハハハッッ!!―――ハッピィィィ〜〜〜〜〜ッ……メエエエエエエエエエエンドウ!!ってやつじゃないか」

 山羊が鳴いた。
彼女に物語の終演を喜んでいることを伝えるかのように。

「そう―――そして、それこそが私にとって都合の良いことだからだ。この閉じられた世界を開放して我が暗黒の雲で全てを“にえ”とする。メエハハハハッ!! 本来ならば山羊である私が生贄なのだがね。いや滑稽滑稽」
「イケニエ……?」

驚愕の表情で彼女はメフィスモンを見る。最早、その瞳に何の光も無い。


「そう、IARASは高度のプログラムだった。だが、まあ所詮ただのプログラムにしか過ぎない。そこでだ、“この世界”に流れ着いた私は―――ちょっとばかりある細工をしたのさ、唯」
「細工……?」
「ああ、その通りだとも―――IARASのプログラムに介入し、封印されるように仕向けた。
 だがその間、私は人間ドモに気付かれずにIARASのプログラムを改竄できるようになった。案の定連中は自分達の保管されているプログラムがデジタイズ以外にも―――私がこれから望む世界のために改ざんされている事にはきづかなんだ」

 その言葉に少女の顔は更に歪む。

「嘘……だって……IARASはわたしを……そんな……それにあなたは……」
「メエーッハッハッハ!! それにもお答えしよう……そうだななんで君を選んだかだ。それはね唯……君がこのブレインダイバー……つまりはネットの世界の中で純粋に世界を憎み、そして分別を知らない子供だったからだよ」
「こ……こども……?」
「そう、かつて私を倒したこども達のように、純心で……勇気があり、友情を備えて、愛情豊かで、誠実で、知識を学ぼうとする欲があり、純真で希望に見ちて光のようなそんな

“魔逆なこども”を探していたんだよ、それが君だ。

 だってそうだろう? ネットの世界に引きこもり、勇気を出さず、仮初の友情を信じて、愛情を貰えず、自分のハッカーとして腕を信じて、知識欲を放棄し純心でなくなり、誰に対しても不誠実、希望はあくまでも後ろ向き……そんな闇のような君を私は選んだんだよ? 唯」

 ニタアっとメフィスモンは更に口を釣り上げる。
 そこには完全なる悪意の笑みがあった。
 勿論、その笑顔には邪悪しか感じない。
 ゴミだめ以下のゲスな腐臭を撒き散らす―――そんな邪悪な意思の体現だった。
 そして、当然ながら唯はそんな邪悪な笑顔を撒き散らす相手に、完全に飲まれていた。
 目からは光が消え、そして、悲しみの涙で頬を濡らす。

「そんなの……そんなのってないよ……う……あ……」

 それを愉悦―――まるで極上のワインの一滴の様に、何時の間にか近寄ったメフィスモンがペロリと舐め取った。

「メヒヒヒヒヒヒヒ!! ああ、素晴しい……身もだえするほど素晴しい!! 最高だ!! この世界には“抑止力”は存在しない!! 私は自由!! そしてこのIARASたちを暗い尽くして神となる!! メーヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒー!!」

 一人高々と哄笑を上げて、メフィスモンは唯から離れ、黒い天球の中心へと至る。

「さて……気分も乗って喋りすぎてしまったようだ……唯……ありがとう……君を食膳の美酒として先に……その血を頂こうか?」

 そしてメフィスモンはその両手を天高く掲げ、そして……唯の身を引き裂かんと、何か得たいの知れない力を発揮し始めていた。
 そして、光が極大になり、唯の眼前へと晒される。
 最早、これまで……と唯は目を瞑った。

 そう―――全ての終焉……それが始まる最初の一手。

「ありがとう、そしてありがとう……さよならだ唯!!」

 少女を殺して、世界を黒に塗り替える。



筈だった。
突拍子も無い言葉がその一手に待ったをかけた。


「……え? そいつの名前って“舞”……じゃないのか?」

突如、傍らに居て、待ったをかけた少年―――大輝ががきんちょ故の……空気の読めない言葉を発した。

「……おいおい少年……興ざめじゃないか。なんだね急に……?」

攻撃の手を止めて、メフィスモンは少年の方を省みる。勿論、少女も呆気に取られてそちらの方を向いた。

「いやだってさ……さっき……」

“「お前……名前は?」”
“「……安部舞。それがどうかしたの?」”

 覚えている。少年は彼女が唯ではなく―――舞と名乗ったことを―――。
 それは、何を意味するのか?
 そう―――その時だった。



さて、ここで突飛な話をしよう。
 人間には様々な精神の病がある。その中でも特に有名、あるいは多くの人間に、認知される病がある。
 “二重人格”
 正式な名前は解離性同一障害というが、この場合はその名称は置いておこう。
 この場合においては話がややこしくなるからだ。
 
さて、これは一人の人間が二つの心を持つという病だ。勿論、二つ以上の人格を持つ場合もあるのだが、それは多重人格症候ということでこの際置いておく。
また話が逸れてしまった。

 さて、この二重人格は―――発症において、その原因は心因的が全てである。
 要するにストレスやトラウマ、それらを精神に何らかの影響を及ぼす時、自身の精神の一部が切り離されて、別個の存在として錯覚してしまう―――それが二重人格の現代での解釈だ。

―――ただ、当時一人の少女―――舞、いや唯。いやどちらでも無いのだろう。
ここでは彼女と呼ぶ事にしよう。
 あの両親から腫れ物扱いされた日々―――ブレインダイバーを使い、ネットに浸かり、ただ、孤独にひたすらに生きていた頃、彼女に多大な心的な負担がかかったのは言うまでも無い事実だった。
 彼女は聡明であったが故に否定しただろう。大学に飛び級で入った子供と同じ様に、自身の孤独を感情で理解出来ない。
 だが、子供は親を本能的に、生物的に求めるものだ。
 だからこそ、彼女に異変が起きる。
 いや、それは然るべき“進化”であったと言えたかもしれない。
 
ブレインダイバーによって過度の情報にさらされ、そして両親にかまってもらえないという精神的苦痛。
―――やがて、彼女は自分の中にもう一人の存在を認識するようになった。
それが唯一の“唯”であり、そして私の―――Myという名の“舞”である。
 二人は表裏一体、対極図の白黒、鏡合わせのアリス―――そして安部唯であり、安部舞だった。
 彼女は表裏一体であり、時折、名を入れ替えていたため、その名前での判別は難しい。
 ただ、その役割といえば簡単だった。
 片方は両親の愛に飢えた妹であり―――もう一人は―――自分に愛を与えてくれる双子の姉。という役割だった。
 さて―――IARASのプログラムに晒された時、その時の精神は唯であった―――この場合愛に飢えた妹のロール(役割)である。
 彼女はこちらの世界に引き込まれた際に、精神の分脱が行われた、否実際にはその様なことはなかったのだが、ともかく、彼女は自分の“姉”と引き離されたという認識をその精神に植えつけることとなる。
 小学二年生であり、過度のブレインダイバーの使用により、現実と虚構の狭間が曖昧だった彼女はその事実をさも当然とばかりに受け止めた。
 そして、半身―――自分に愛を与えてくれる姉を当然ながら求めるのである。

 IARASの断片が彼女に懐いたのはそういった経緯であったためだった。
 いや、これは今となっては憶測にしか過ぎない。
 ただ、彼女に懐いたIARASもまた、切り離された精神、破片である。
 元のプログラムに対する、一種の郷愁の念があったと推測するならば、彼女と、何らかのシンパシーを得ていたとしてもおかしくは無いのだった。
 例え、メフィスモンの侵食を受けていたとしても何らかの意思が働いたとすればだった。

 そして、おいてきたはずの姉が―――もし既に彼女が傍に居て、妹を守ろうと何か画策していたならば。



 黒き天球の一つが光を放ち―――白い天球となって、彼等の目の前に降りてきた。
 そして、流れ込む言葉。

「“ありがとう―――私を見つけてくれて”」

 それは彼女が良く聞く、姉の声に似ていた。




17:00- アナ銀スカイウォーカー

空を埋め尽くす暗闇の中で、それは一つだけ輝いた。彼女の元へ、ゆっくり、ゆっくりとそれは降りていく。

 「な、一体なんだというんだ、この眩さ……くっ!?」

 必死に光を避けようと、視界を腕で遮り後ずさるメフィスモン。確かに強く、眩い光だ。ただ、その光の傍にいる彼女にはそれはただの眩さではなかった。彼女の全身を包み込む

 「温もり……」

 暖かかった。先ほどまで絶望に満ちていた彼女の顔にも、どこか血の気が戻ってきたかのような、安らぎが見える。
 彼女はその時感じていた。自分の中にある、姉の温もり。

 「え……」

感じたばかりのぬくもりは目の前の光はすっ、と唯の体に入り込んでいった。そして身体の周りに、ゆらりと、桃色のオーラのようなものが沸き立った

 「なんだこれは!俺の知っている唯じゃ……ない!?」

 メフィスモンは本能的に感じ取っていた。彼女の身に起きた変化を。かつてメフィスモンが求めていたネットの世界に引きこもり、勇気を出さず、仮初の友情を信じて、愛情を貰えず、自分のハッカーとして腕を信じて、知識欲を放棄し純心でなくなり、誰に対しても不誠実、希望はあくまでも後ろ向き……そんな闇のような唯では、なくなったことを。

  「こいつと拳を交えてみて、なんとなくだけど、分かったんだ」

 先ほどまで倒れていた大輝はフラつきながらも、彼女の手を握った。

 「確かに一撃一撃が重たかった。痛かったさ。ただな、それは全部、全力じゃなかったんだ。どこか手加減というか、迷いというかそんなものを感じたんだ。メフィスモン、お前は一つ見落としてるぜぇ、こいつのハートに隠された、熱い熱いものをよぉ!!!」

 「な、なんだと!?でたらめなことをいうんじゃない!!」

  メフィスモンは焦りを感じていた。かつて倒したものの、自分の前に立ちふさがり、脅威となった子供と同じ素質が、彼が「唯」として捉えていた存在の中で、確かに目覚めようとしていたことに。ただそれは勇気でも友情でも、愛、知識、誠実、純真、希望、そして光でもない。また、別のものが。

 「こんのおおおおおおお!!!!!!」

 メフィスモンは地を蹴り、2人の完全まで迫る。そして振り上げた拳で、大輝もろとも彼女をなぎ払おうとした。だがそれは、叶わなかった。
 
「な…………!」

 膨大な力を持つメフィスモンの拳が彼女のか細い手に受け止められていた。そしてゆっくりと、その拳を、握り直される。メフィスモンはただ、唖然とすることしか出来ない。

「なんだよこれ。この感じ、一体なんだんだよ……」

 メフィスモンのその、邪悪さに満ちた瞳に、流れもしないはずの一筋の、涙が零れた。握られたその拳から、何かを感じ取ったかのようだった。

「」

 彼女の口から、何かが呟かれると彼女を覆っていたオーラが広がり、周囲を包み込んだ。




18:00- 中村角煮

 オーラが広がる。
 境界をなくしていく。
 全てをつつみこむようなその輝きの中で、誰もが言葉を失った。

     ●

「ユイ……唯……」

 空間はなかった。
 そこにあるのは少女と、少女の形をした光だけだった。
 光が唯に呼びかけ、彼女はその光に答える。
「マイ、なの」
「ああ、唯。やっとこうして会えたのね」
 嬉しい、と舞は言う。
「私も嬉しい」
 唯の頬に一筋のしずくが伝った。舞という光も、一緒に泣いてるように少女には思えた。
 光と少女が抱き合う。
「ありがとう」
 といったのは主人格――唯の方だ。
「私を、護ってくれていたのね」

「ごめんなさい」
 そう紡ぐのは光。
 舞は唯と同じ声で言う。
「あなたを、護れなかった」

 次に、そんなことはないと、二人して声を重ねる。
 同じ調律の音が、旋律となって彼女達の会話は流れていく。
 まるで歌だった。
「唯、私の役目はIARAS――――そう、メフィスモンの苦痛からあなたを護ること。IARASの覚醒を妨げること。なのに、私にはそれが出来なかった。お礼を言われる筋合いなんてないわ」
「舞。私は本当は知っていた。IARASという怪物じゃなくて、家族のようなぬくもりがすぐそばでいつも見守ってくれていることを。あなたは私を護ってくれていることを。あなたが謝ることなんて、なにもない」

 やがて二人は声だけでなく、踊るように互いの手を重ねた。光に表情はないはずなのに、唯には舞が笑っているように見える。
「でも、私は舞に触れるのが怖かった」
「それは私も同じよ唯」



「「でも」」


 彼が教えてくれた。
 八月一日大輝という、ヘッドフォンをした赤いデジモンに変わってしまったあの男の子が、全部教えてくれたのだ。
「唯に眠る熱い想いを」
「舞の進むべき覚悟の道を」

 ならば、やることは一つだ。
 “家族”との出会いに涙を流している時間は、もうどこにも残されていなかった。

「時間がないの、舞。私に力を貸して頂戴?」
「勿論。そのつもりで私は唯に会いに来たのだから――さぁ――、」

 光だった舞が、唯の右手に託すようにその輝きを自身と共に移していく。
 もう、舞の声は唯には聞こえていなかった。

 しかし。
 意志はすでに、通っている。

 ――メフィスモンを、IARASを、終わらせましょう。

     ●

 オーラが全てを包み込み、何事もなかったかのように輝きを失った直後、
「あ」
 の音から始まる少女の叫びを大輝は聞いていた。
「あああ」
 少年が声の方向を見やれば、メフィスモンの頭上にあった黒い球体は姿を消している。
「ああああああ」
 その位置には、輝く右手を翳した安部舞――いや、唯だろうか。大輝にはその実はわからない――の姿がある。
「あああああああああああああああああ――――ッ!!」
 落ちた。
 少女の身体は右手を真下にして垂直にメフィスモンへと向かっていく。
「なにをッ!」
 その変化に気が付かないメフィスモンではない。
「……血迷ったか!」
 少女をなぎ払おうと、メフィスモンの右手が横に薙いだ。
「お、おい!」
 大輝が叫ぶが、その瞬間には両者の行動は全てを終わらせていた。
 結果のみを表すならば、その攻撃は外れた。
 どちらかの攻撃がというわけではなく、両方の行動がちぐはぐに。
 大輝の目には両方の攻撃が外れたようにしか見えなかった。
 メフィスモンは頭上を見やり。
 何故かメフィスモンの足下に何事もなかったかのように立っている、安部の姿がある。
「瞬間、移動……?」
「寝ぼけたこといってないで、ちょっと身体を貸しなさい! あなたもいいわね?」
 粉砕された機械の義手をかばうように、橙色のメタルグレイモンが安部の声に反応した。
「僕……も?」

 反応すると同時だ。
 少女に迷いはない。


「オメガシャウトモン、メタルグレイモン、ジークグレイモン――」
 その光り輝く右手を頭上にかかげ、叫ぶ。
「――安部唯ッ! …………デジクロスッッ!!」

 大輝の視界が、一瞬途切れた。

 オメガシャウトモン・オーバークロス。

     ●

「馬鹿な……」
 勝負の行程は一瞬だ。
 メフィスモンの胸の中央に深々と刺さる、白いデジタルモンスターの右腕。
「あなたの負けよ、メフィスモン」
「――何が、起きたのだ」
 信じられない、という表情をメフィスモンは白く雄々しいデジタルモンスターに浮かべて見せた。

「おい! NA☆NI☆GA! 起きてんだよ俺の身体はよォ!」
「あなたは黙っていて」

 同じ身体から、二つの声がする。
 何が起きているのか。メフィスモンには理解できない。

「さぁメフィスモン。この子……ちょっと馬鹿だけど素敵なこの男の子には、あなたのデジコアと一体化したIARASのデータの一部が必要なの。頂くわよ」

 ずる、という音と共に。
 自分の胸から大切な何かが抜けていく感覚を、メフィスモンはたしかに味わった。
「な、に――」
 メフィスモンの意識は、そこで終わった。

     ●

 砂塵に四つの影があった。
 シャウトモン。
 アグモン。
 メタルグレイモン。
 そして安部唯。
 粉塵漂う場所で、安部がメフィスモンから抜き取った赤い球体を、大輝へと寄越してくる。
「本当は、私が使うつもりだったのだけれど。これあげる」
「おいおい、ちょっと待てよ。いくら今お前が俺に全部説明したからといっても、お前がいうちょっと馬鹿な男の子にそれが理解できるわけもねえだろ」
「いいのよ。これこそがリ:デジタイズプログラム、その最後の要。あなたが向こう側に帰るために必要な最初で最後の唯一の鍵よ」
「それは何度も聞いたさ、けどよ――お前はどうするんだよ安部唯。二人で一緒に帰れないのか?」
「イレギュラーとなる要因はなるべく取り除いた方が良いでしょう。もともと私が帰るためにつくられたプログラムなんだから、これは一人乗りなの」
「だから、それじゃあお前が帰れないじゃないか」
 大輝が言えば、少女はフンと鼻で息をついて、
「いいわ」
 と一笑に伏した。
「はっ!?」
「もういいの。どうせ向こうに帰っても私の居場所なんかないし、ここには私の家族がいるんだから」
 安部は自分の胸に手をあてて口角を上げている。
 微笑んでいた。
「いや、でもよぉ」
「ダイキ」
 そこで大きな口を大きな声で挟んだのは、大輝のパートナー。アグモンだった。
「大丈夫。ユイは僕とメタルグレイモンが護るよ」
「……アグモン」
 しかし。
 それだけではない。
 大輝は少女のことが気にかかるより前に、せっかく直接出会えたパートナーと別れるのが、とても寂しかった。
 短い短い時間だったが、とても嬉しかったのだ。

 そんな大輝の思いを無視するかのように、唯は大輝に握らせた赤い球体――リ:デジタイズプログラムに静かに触れた。
 ――起動する。
「お、おいっ!」
「ほら、優秀なボディガードがついてるんだからあなたは何も気にせず帰っていいのよ。それにあなたのお父さんかしら? ここら一帯にアクセスが繰り返されている――心配させちゃ悪いでしょう?」
「と、父さん……!?」
 大輝の足下を中心に、その半径一メートルほどが光の柱でつつまれた。
 同時に、自分の身体がシャウトモンのそれから人間だったころの自分のものへと再構築されていくのがわかる。
 光で遮られて、唯やアグモン、メタルグレイモンの顔が大輝の両目にはうまくうつらない。

「それにね」

「お、おい! 安部唯! どうなってんだ、俺はまだ納得してねえぞ! イレギュラーでもなんでもいい、お前も一緒に――」

「――それにね、私はこうもいったはずよ。ちょっと馬鹿だけど、素敵な男の子だって」

 大輝の右頬に、やわらかな感触がきた。
 何が起こっているかは、わからない。
 ただ、

「ばいばい、大輝。ありがとう」

 そういった彼女の声が震えていることだけが、大輝にははっきり聞き取れた。

     ●

「主任!」
 研究員の女性の叫びが、室内に響いた。
「どうした」
 八月一日と呼ばれた男が、顔を上げる。
 彼が捉えた研究員の目は、今までと違い希望に満ちていた。

「IARASプログラムの消滅を確認――同時に、リアライズの反応――小さな反応があります。ワイルドワンではない……この反応は人間の子供ですよ!」
「――何ッ!」

「場所は――渋谷です!!」

     ●

 そして、この日を境にインターネットというものがこの世から消えてなくなる。
 接続できるできないの問題ではなく、まるで子供が積みあげたブロックを崩すかのように、人間達の前からその情報世界は消失。
 大規模なネットワーク災害は、後にこう呼ばれた。
『デジタルハザード』と。





19:00-20:30 ENNE(アンカー)

 デジタルハザードが発表されてから── 全てがらインターネットにアクセス出来なくなってから10年。
 混乱が起こらなかったと言えば嘘になる。
 だが、落ち着くまでに数年を要するも、それ以降の混乱は起こらず、世界中は何事もなかったかのように日常を取り戻して行った。
 人々の喧噪、車の行き来。ただ、その中にネットというものが存在しないだけで皆笑い、生きている。
 そんな様子を眺めつつ、大輝は舞に殴られた顔面を摩りながらぼんやりと高いビルを見上げた。
 一面に張り巡らされたガラスには、今日の青い空が映り込んでいる。ゆっくりと過ぎ行く雲、少し埃っぽい風は、デジタルハザードは発令さる前からも変わっていないように思う。まるで、あの日の出来事が嘘だったと言わんばかりに。



 国レベルでの開発が進められていた最新鋭のプログラムIARASについての説明は簡単なもので、少しだけテレビのニュースで紹介されたかと思えば、あっという間に消えて行った。それが一連の事件が都市伝説と言われる所以である。
 その中にちらりと自分の父親の姿が映っていたけれど、大輝は彼に何も尋ねなかった。また、父親も大輝の事をあれだけ心配しておきながら、感動的な再会などを演出する事なく、無事を確認すると頭をひとつ撫でて仕事場へ戻って行った。
 これから彼がどうなるかは解らないし、知る由もない。尋ねた所で求める答えが得られる訳でもないと、何となく肌で感じ取っていたから。
 唯一の救いだったのは、そんな状態になってでもブレイン・ダイバーを取り上げられなかった事だろうか。
 大輝はまるで宝物を取られないようにと、毎日ギアを手に家を出ていた。
 そして渋谷という地へ繰り出しては、半透明のブレイン・ダイバーを装着し、人々が通り過ぎる中、高いビルを見上げていた。

 大輝にとって、あの日の出来事はほんの一瞬の事だった。
 自らがデジモンとなり、異世界へ赴き、ゲームの中にいたパートナーに出会う。
 戦いを経験し、人の心に触れ、ほろ苦い別れの経験。
 気付けばこの場所に立っていた。

 毎日感じる消失感。
 まるでどこかに体の一部を忘れてきたかのような感覚に支配され、脇目も振らず無我夢中で訪れる。
 心の中でひとつの名前を呼びながら、涙さえ浮かべ、その身を両の爪で梳り、気が狂わんばかりに咆哮したい── その唯一の願望さえ喉の奥へ押さえ込んで。
 人知れず噛み続けて来た唇は荒れに荒れ、血の滲まない日はない。

 10年も続けて来たのなら当たり前か。
 そんな風に思うも、自嘲さえ浮かばない。それ程に大輝の心は疲弊し、壊れかけていた。
 青い空なんてどうでもいい。
 白い雲なんて消え去ってしまえ。

 この心が望むのは、ひとつ。
 変わらぬ願いは、ひとつ。


「あいたいよ。アグモン」



『あら、私の事は考えてくれないの?』



 雑踏の中、大輝は一瞬、自分の耳にはっきり届いた声を聴き送ってしまった。
 え、と息を飲み、半透明のブレイン・ダイバーに手を当てて、聞き違えたのではないかと確認をする。しかし聞こえるのは目の前を行く者と、街中のニンゲンの声ばかり。
 汗ばむ全身を震わせながら待っていると、ざぁ、と砂嵐でも起きたような音の次、確かに聞き覚えのある音声がもう一度届いた。
『それに女の子に心配をかけるなんて、全然素敵じゃないわね、大輝くん』
「………!!」
 幼なじみの舞が心配を寄越す程、大輝は疲弊し、危うい状態になっているとは数年前から── 否、最初から解っていた。
 どれだけ茶化した所で隠しきれない本音。
 強気の彼女が自分を想って泣いていてくれているのも知った上で、我が儘を押し通している。
 だが、今はそんな事より。
「お、お前── 唯。……安部、か?」
 戦慄く唇で問えば、凜とした声で返事があった。
『そうよ」
「な、なんでおまえ」
 そんなテンプレを口にするのがやっとの大輝に対し、安部は短く溜め息を吐くと、『忘れたの?』と告げた。
『私は美少女天才ハッカーとして名を馳せていたのよ。これ位、朝飯前だわ』
 聞き覚えのあるフレーズに、大輝の鼻の穴が興奮で大きくなる。大きく見開いた目からは、涙さえ零れ落ちてしまいそうだった。

 世界中はデジタルハザードの発現によってインターネットさえままならなくなってしまった。なのにこのブレイン・ダイバーはこの世界にいる筈のない人間の声を届け、通話さえ可能にしてしまっている。
 そして、通話口の向こうの人物── 安部 唯もまた。
 自らの能力を最大限に活かし、眼前ではないが、耳元に現れた。
 震える足、体。もう立っている事さえ我慢の限界で、往来の目があるにも関わらず、地面に身を投げ出して、哄笑してしまいたい気分でいっぱいだった。

 それを何とか堪えると、大輝は再びブレイン・ダイバーに手を当てる。10年前は普通だった、携帯電話を片手に通話するような格好で、10年ぶりの友人と通話をする。
「── げ、元気だったか」
『お陰様で。こちらの世界は世界中の情報が溢れていて全く飽きないわ』
「そうなのかよ。こっちはインターネットが使えなくなっちまって、……まぁもう10年前の事だからな」
『さぞ不便を感じたでしょうね。勿論その事もこちらではきちんと把握しているわよ』
 情報の行き来が出来なくなったのはデジモンの世界も同じ。だが、向こうは元から電子の世界、安部の言う世界中に情報が溢れていても何ら不思議はなかった。
 彼女はそれらを駆使し、人間界の情報も断片的に掴んでいたと言う。何せ、元── と言ってもいいのだろうか、美少女天才ハッカーだ、データの欠片を拾い集める事などお茶の子さいさいであろう。
 初めて会った時より活き活きしている風に感じられるのは、大輝の気のせいではない。それを羨ましく思いつつ、大輝は少し言い難そうに咳払いをした。
「そ、そんでよぉ、………あのよ」
 言いあぐねていると、安部は再び溜め息を吐いて、『解っているわよ』と笑った。
『会いたいんでしょう? ── あの子に』
 再会の挨拶もそこそこなのね、と言わんばかりの呆れた声だったが、彼女はさも最初からこれが目的だったと言うように言葉を続けた。
『私が今回あなたに通信を繋げたのもこの為よ。まぁ10年もかかってしまったけれど、それだけ素敵な演出を考えたから、勘弁してね』
「演出? って言うか、えっ、……マジか」
 大輝は、姿の見えない彼女が可愛らしくウィンクをした── ような気がした。



 刹那。
 渋谷という街中が光に包まれた。
 否、包まれたというのは正しくない。地面からぽかりぽかりと光の玉が浮き出、地上を埋め尽くして行く。
 それらは往来の人間達にも解るもので、彼らは足を止め、ぽかんとしたような表情で、言葉なくその光景を見ていた。
 光は人間の背の高さを超えたかと思うと、交差点の真ん中に集まり、大きな楕円形の塊となった。
 全ての人間が、ソレを見ている。
 勿論大輝も、ブレイン・ダイバーを装着したまま呆然としていた。
 すると、耳元に声が届く。
『インターネットは使えなくなっても、情報は世界中に溢れているわ。机上だったり、言葉だったり、ね。だから、私たちのいる世界とあなたの世界は繋がりを絶った訳じゃなかったの。だからこうして── 』
 ふふふ、と柔らかく笑う安部。


『世界中の力を借りて、あなた達を出会わせられる』



 その言葉をきっかけに、街の中心に集った光は盛大に弾けた。かと思うと、その中から沢山の── 異形── 小さなモンスター達が溢れ、街中へ散った。
 彼らは驚く人間達の前へ降り立ち、それぞれが嬉しそうな顔をしている。街中が柔らかな笑い声に溢れていた。

 そして、大輝の前には。

「── ……!」
 探すようにさまよわせていた視線が止まる。
 足が、見える。胴体が、顔が。
 緑色のつぶらな瞳を見ていると、あの日の出来事がまるで昨日のように思い出される。
 否、忘れたことなどない。
 忘れようがない。



 今日、ここにあるのはこの瞬間の為に。



「ダイキ」

「── アグモン」


one for all
all for one

全ては1つの終焉の為に。


【END】

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